2013年 12月 22日

ギフテッドの強烈な思春期、そしてその向うへ

突然ですがコージ君、小1にして身長はすでに137センチです。

雰囲気も周囲の友だちと明らかに違います。いつも2歳くらいは上に見られ、OE(= 過度激動)が強くかなりアンバランスではありますが、精神面でも実際の年齢より上だと思います。

以前にも紹介した本「Jenseits der Norm - hochbegabt und hoch sensibel?」の中に、成長期ごとにギフテッドの特徴や具体例を書いてある箇所があり、そのひとつが「Die Pubertaet (思春期)」でした。コージにとってはまだ大分間があるはずのこのテーマ、今の大変さがさらに加速するのか、いやそんな生易しいものではないんだろうな、と戦々恐々です。
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・・・ギフテッドの子ども体の成長と心の成長が同時でないこと、その点で親はどちらに合わせていいものか迷ってしまう。彼らは概して自分よりも年上の友だちに引き寄せられるが、その友だちとは、すでに少なくとも身体的には「自由」を楽しめる年齢である、という点が難しい・・・。

<ケースその1> 12歳の女の子の例。彼女は精神的にも身体的にもともに14歳と同じである。親としては彼女にどこまで許したらいいのか、年齢に従うのかそれとも実際に発達状況に合わせるべきなのか、いつも悩んでいます。

・・・ギフテッドの子どもが思春期を迎える際に、その強い感受性と繊細さ、傷つきやすさ、自己否定、反抗心など、この時期の「揺れ」がさらに強烈になるということは珍しくない。たとえばこの時期に問題になる最大の点は、なんでも議論したがる傾向と、しかしその議論の応酬に耐えるにはあまりにも繊細な感受性、この二つの矛盾に悩むことだ・・・

<ケースその2> フィリップは議論を著しく好み、自分が傷づくまで決して引かない。そのくせ、鋭い反応が自分に返ってくるととても深く傷つくのです。ある日のやりとりの際、彼は突然涙ぐみ、「自分は正当に扱われていない、尊重されていない!」と訴えたのです。両親として私たちは、彼に対していったい厳しすぎるのか、それとも弱腰すぎるのか、いつも悩むのです・・・

>>>この点は何も思春期だからではなく、ギフテッドの子どもには多い部分だと思いますが、この時期はその何倍もの強さでやって来る!ということなんでしょう。

7歳のコージも「批判的な態度で周囲に接しながらも、いざ自分が批判されると深く傷つく」というのは日常です。ただ、思春期になると、そうして抱えるテーマも当然深いものになるはずで、その分、周囲とのやり取りもディープで激しくなり自分もさらに傷つきやすくなる、ということでしょうか。なんだかそれを周囲で見ている自分を想像するだけで疲れます。。<<<

・・・自由になりたい、なんでもやってみたいというのはギフテッドの特徴だが、あまりにも目標を高く設定するがために、結局自分がそれに到達できないと感じてしまう。できるだけ早くできるだけ多く経験したい、一刻もはやく自立したいと思う一方で、その高い感受性のためにすぐに自分の限界に達してしまうのだ・・・

<ケースその3> 私たちが不在の際に、息子は友人たちとかなりハメを外したパーティをしました。度数の高いアルコールを飲んで大騒ぎをするやら家具を壊すやらで近所から苦情が来てしまったのです。

騒いでいる友人たちを制しようとしたがうまくいかず、自分の部屋に泣きながら籠ってしまいました。私たちが帰宅した時に深く後悔し取り乱している彼を見て、私たちもきつく言い渡すことができませんでした・・・

>>>両親がいない間のハチャメチャな騒ぎなんてみんな経験することだと思いますが、この例でも問題が起きるとパニックになり深く落ち込み「部屋に籠って」しまう。一般的に見れば年のわりにはななだか幼い行動でしょうけど、コージを見ているのでこの例もよくわかります。

こういう場合に親として、どう対処したらいいものか、強く注意べきかそれともまず共感するべきなのか。親として日々この境界線をめぐって右往左往し葛藤するのでしょうか。<<<

・・・思春期のギフテッドにはジレンマ、つまり、実際の年齢から離れたいという点と、そうはいっても同い年の子どもだちとつながっていたいという気持ちだ。

思春期というのは、アイデンティティをさらに強く意識する時期であり、それには社会の中でのよい仲間や彼らとの実のあるやりとりがあることが前提条件であろう。これがうまくいかないということは、両親から離れる過程に普通より時間がかかり、またより努力が必要になることも多い。

ギフテッドの子どもは、他の子どもよりも一人で過ごす時間が統計的に多い。極めて高いIQを持っている場合特に、社会生活を送るにあたっての困難がいずれにせよ多々ある。大切なことは、ほかのギフテッドとより多くのコンタクトを取ることで、彼らが抱えるだろう社会的な問題をより回避できる、ということだ。

多くの識者が指摘しているとおり、思春期のギフテッドの子どもはひとりで過ごす時間が多い。自己について深く考察し始めること、友情関係に多くのものを求めすぎるという点、そして自分の興味や才能を捧げるにふさわしいものに没頭するなど・・。

しかしいったい思春期のギフテッドは、ひとりでいることを自ら選んでいるのか、それともそうせざるを得ないもの=「必要悪」として捉えているのか? いや、彼らがひとりでいるのは、同じような傾向を持つ他のギフテッドと交わる機会がないからだろう。

周囲から強く孤立したギフテッドは、私の経験上そして多くの識者が指摘しているように、ひとりでいる方がいい、特に友だちはいらない、という「振りをしていることが多い。自分の才能でもって深く興味のある分野に取り組んでいる時はなおさらである。

しかしながらよく観察していると、多くのケースで、社会生活を送る上で不信失望不安を抱えている。だからこそ、同じようなギフテッドとの交流が必要なのだ・・・

>>>このあたりも、ギフテッドを育てる上で思春期を待たずとも大切なこと、まさに今、私たち親子で悶々としているテーマです。小学校においても日々悩むことが多く、この点でいったいどういう問題が今後起こって来るのか、それによってどういう修正する必要なのか。

ましてや思春期において、自立であるとか自己形成であるとか、自分自身をさぐるプロセスが必要な時期において、同じような境遇の友人がいるといないのでは随分違う、というのもわかります。<<<

しかしながらこの思春期についてのページは、以下の希望のある文章で結んでいます。

・・・ギフテッドにおいては、思春期は早く始まるが終わるのも早い傾向がある。そして多くの両親は報告していることも伝えておこう。

たいへん困難なこの思春期をなんとかやり過ごした後で得る大きな喜びと、子どもと生き生きとした交流を持てる素晴らしさについて!

この事実は、思春期の尋常でない揺れを耐え抜く必要があるギフテッドの両親にとって、非常に大きな支えになるのではないだろうか・・・

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毎日、息子との感情的にタフなやりとりをしながらも、ちょっとたって冷静になった彼から発せられる、自己分析の鋭さにハッとすることが多いこのごろです。

彼はわかっている、わかっているけど感情をコントロールすることが難しいんだ、と。そして彼がこの難しさを逆のベクトルに変えていけるよう、親として全力で支えたいと感じます。

この思春期というのはおそらく、子ども自身に任せなければならないところが多くなり、親は傍で見ているしかないジレンマが増えるんだろうと思います。

しかしここでも、一番身近にいて共感し寄り添う親の存在あってのことでしょうし、なんとか進んだ先には希望がかならずある!と思えることは、迷える母にとって一筋の光、のようなものでした。

ちょっとまたばたばたします。コメント等遅れますが、年末にまた〜。

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by dksh_okys | 2013-12-22 00:27 | ギフテッドの思春期は早い?


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