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2014年 08月 10日

ギフテッドの感覚過敏(その3)

Jenseits der Norm - hochbegabt und hoch sensibel? より、感覚過敏についての部分の最後です。

人が多く集まるところ、大きなイベントなども、ギフテッドが特に回避する場所だ。

公共交通機関デパートプールコンサートパーティ会場、レストランなど、大勢の人が集まりさまざまな音や印象が一度に入って来る場所にては、彼らが落ち着くことは難しく、極度に興奮し疲れるということがよくある。そういう状況にては会話に集中するのも困難となり、しばしば自分がいったい何を言いたかったのか、何をしたかったのかがわからなくなってしまうことも多い。

そのことを自分自身ではうまく周囲に説明できないことから、機嫌が悪くなったりする。(←まさにちょっと前までのコージです)

強い太陽の光、夜にすれ違う対向車のライトなど、身体的苦痛に感じることもあるなど、光に対する感覚の鋭さもよく聞く。(←夫です)脂っこい食事、コーヒー、紅茶などで消化不良をおこす等、味覚、嗅覚、温感も鋭い。特定の音も驚くほど強く捉えてしまう場合が多い。こうした感覚過敏というのは、ギフテッドとしての特徴のひとつとなり得るのでは、とWinmerも指摘している。

しかしながら一方では、すべてがうまく作用するのであれば、こうした感覚の鋭さは逆に大きな財産につながり得る。

たとえば、食事がよい例だ。

ほんのちょっとした違いに敏感なことで、微妙な味の変化に気付きわずかな香りを楽しみ、五感のすべてを駆使して堪能することができるだろうし、ワインなどはそのもっともたるものだろう。そのほかにも、

自然の中を散歩している時、
音楽を聴いている時、
また友人や家族と細やかな愛情を伴ったやりとりをする際など。

音楽家がよい音を聞き分けるための、
画家が光や色の美しさを見分けるための、
外科医が細かい指先の感覚によってミクロの作業を行うための、

能力につながることは間違いない。

かなり古い文献になるが、Stefan Zweig のニーチェの研究において、感覚過敏とギフテッドとの関係がいかに深いものかという興味深い記述がある。(かなりわかりずらい古いドイツ語なのでいつも以上に超意訳です↓)

>>>> ニーチェの場合、極度の神経過敏さが「自分の意思ではコントロール不可能な自律神経」である副交感神経にも影響し、たとえば「緊張すると胃がいたくなる」といったことはだれでも経験があるが、そうした状況が彼の場合、それこそ四六時中続いていたとも言えるだろう。(← 胃散が分泌され心臓がバクバクするような緊張状態がが絶えず続く、という感じでしょうか?)

つまり、周囲のほんの小さな変化や緊張でさえも、ニーチェにとっては大きな振幅を持って「身体的な激痛」として認識されてしまう。そしてこの極度の神経過敏さが、彼の生命力を日常的に、しかもねこそぎ浪費してしまうのだ。

しかしながらこの、ぞっとするような「超」感覚過敏こそが、彼の数々の業績につながっているのは間違いないと思われる。<<<<

幸運なことに、ニーチェほど強く感じるという例もそれほど多くはないだろう。しかしながら、こうした記述を読むと、高い知能や高い芸術性と細かく鋭い神経が要求される活動、そしてそれを支える鋭い感覚が密接につながっているのかがわかるのではないだろうか。

--------------

ニーチェに関して何の知識も持たない私ですが、ちらっとウィキで調べると精神的衰弱が激しく同時に不治の病にかかったりしながらかなり凄惨な晩年を過ごしたようです。

また、彼自身の責任ではないにせよ、ナチズムへの影響が大きかったことから、現在のドイツ国内では否定的な捉え方をされているようです。

ニーチェがギフテッドだったのかということはさておき、感覚過敏だけに関して言えば、彼ほどの極端な例まではいかないまでも、同じような感覚の過敏さで苦しむギフテッドは多いでしょう。が、感覚過敏の問題がなくかつ知性や芸術性も高い!という例も、同じくらいの割合で存在するのかもしれません。

ただ、この部分=感覚に鋭く反応しすぎるという面があるからこそ、それを起点としてあるテーマを深く追求し得ることにつながり得る、というギフテッドもまた相当いるだろう、と個人的には思います。

そうした強すぎる感覚を苦しむだけの要素から解放して逆向きに転じさせるというのは、周囲と本人両方の認識と努力が不可欠です。

この周囲というのはもちろん、家族である場合が望ましいかもしれませんが、そのサポートを得られない孤立無援状態の状態で、そういう特殊さを本人も理解しないまま周囲にも理解されないまま、つらい幼少期青年期を過ごす例も多々あるだろう。

ブログを書いていて息子のことを見ていて、いつも同じことを感じます。

もし、親がこのことに気がつかなかったとしたら、そういう子どもがたくさんいるとしたら・・・と。だからこそ、そういう子供たちの受け皿を社会が提供するというのが必要だろう、と強く思うのです。

写真は木漏れ日の射す森の散歩道にて。今年はドイツはとてもいい天気が続いてます。


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by dksh_okys | 2014-08-10 23:06 | OE ? OK !
2014年 08月 02日

ギフテッドの感覚過敏について(その2)



「Jenseits der Norm - hochbegabt und hoch sensibel?」より、ギフテッドの感覚過敏 ( Sensorische Ueberempfindlichkeit ) の続き、「触感」についてです。

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ギフテッドは一般よりも、「触感」(自分がなにかに触れた時に感じる感覚と、他人に触れられた時に感じる感覚)が極端に強い。

4歳のトーステンはよく、大人に話しかけられたり触られたりすることがとてもいやだ、と言っていた。

そうはいっても、外出先で知人に会いこうした場面に出くわすことは、子ども自身ではコントロールできないし、もちろんあらかじめ予測もできない。だからその時は親の後に隠れたり泣いたりすることも多いようだ。(← コージは長い間そうでした)

たいていの子どもが何よりも好きな学校の休み時間だが、これもギフテッドにとっては全くの苦痛に変わってしまう場合多い。

ーー休み時間のチャイムがなると、ほかの子たちが一斉に外に飛び出しあちこち走り回るので、よく押しのけられたりする。だからその時間僕は小さくなっているんだ。ーー

ギフテッドは、たたいたり蹴ったりといった身体的接触を伴うけんかを避けることが多く、この点でもかなり苦しむようだ。トラウマになるくらいつらく感じる子どももいる。

特に男子はこの点について極端にプレッシャーを感じるようだ。それを避けることで、「弱虫」だとか「臆病者!」などとほかの子どもたちにいじめられたりするからだ。

こうした学校での極度のストレスから解放され落ち着くために、学校が終わった後にホッとした時間を持てるかどうか、はかなり重要だと言えよう。

しかし現実には、息子のそうした様子を聞くのが耐え難い、特に父親は自分の息子に

やられたらやりかえせ !」

などと、かえってよけいにプレッシャーをかけてしまう場合が多い。

つまり、子どもたちは学校においてだけでなく家庭においてもこの点を負担に感じ、気持ちの行き場をなくしてしまうのだ。

------------

まさに数週間前の我が家がそうでした。

学校や学童にて、息子が表面上は仲良くしている男の子から、頻繁に顔を叩かれたり足を蹴られたりしていたらしく、迎えに行った私に涙目で訴えることがままありました。

ドイツの男の子同士のやりとりは(少なくとも日本人学校ではそうしたことはない)、結構、というかかなり乱暴、それにある程度やり返さないと逆にイジメの対象になる、というのも現実のようです。

夫も「黙っていてはやられるだけ」ということを小学校時に身をもって学んだようで、

やりかえすことをおぼえなさい」と。

でもね、私としてはそれも一理あるものの、「目には目を」的な応酬には疑問でしたし(もちろんある程度は仕方ないとしても)、息子も「いつもいる友だちだから、あまりやり返したくない」と言うのです(でも彼はそれを夫には言わない・・・)。それになによりも、ちょっとした小競り合いのようなものでも気持ちに響くようなんですよね。

あまりに頻繁なので、その子のお母さんにさり気なく相談し、一時少し治まったようですが、まだまだあるようで。

毎日いっしょに行く学校、学童に行く子ですし、おまけに4年間それは変わらずなんですから、こちらも気を遣います。

でもその子のお母さん自身も幼稚園の先生、私が知る限りとてもいい方だと感じたので、言葉を選んでですがわりとストレートに伝えました。

ボディコンタクトが苦手なことで、コージ自身が学校でも学童でもかなりストレスを感じているんだろうなと、今では理解できるのです。

でも小学校なんかではまだまだそうした場面は避けられない。

こうしてみると、外でのこうした強い緊張から解放され、子どもがホッとする場所であるべき家庭がどれほど大切か、しみじみ思いました。

9月まで出たり入ったりいたします。みなさんもどうかよい夏休みを!


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by dksh_okys | 2014-08-02 10:24 | OE ? OK !
2014年 07月 21日

ギフテッドの感覚過敏について(その1)


ここでよく紹介している本、「Jenseits der Norm - hochbegabt und hoch sensibel?」より、ギフテッドの感覚過敏についてのくだりを読んでいたら、まさに息子と夫そのもの、という部分がありましたので、何回かにわけてまとめながら、我が家の場合について書いてみます。

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ギフテッドの子どもを持つ父母から著者(Andrea Brackmann = 心理カウンセラー)がよく聞くことのひとつに、「音に対する過敏性」がある。

兄妹といっしょにディズニーランドを訪れた6歳の女の子ヤナにとって、けたたましい音楽大声で騒ぐ子どもたちの存在は苦痛以外のなにものでもなかった。

メリーゴーランドは見ているだけで不安になり、目に入るもの全てがおそろしい早さで動いていく様子に耐えられず、ずっと耳を抑えていた。

帰り道には自分を落ち着かせるために、体を始終前後にゆらし同じ歌を繰り返し何度も口ずさんでいた。

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>>>>これは夫はもちろんそうですが、(ギフテッドではない)私自身もよ~くわかります。ディスニーランドは大昔に二度ほど(しぶしぶ)行きましたが、視覚的にも聴覚的にもあまりにも人工的すぎる空間に全く楽しむことができなかったのを覚えています。

息子が好きか嫌いかはわかりませんが、激しく興奮するだろうというのは想像がつくので、家族で行くことは100%ないと思います。

楽しめる人もたくさんいらっしゃるでしょうけど、「五感を刺激しすぎる」という点を考えれば、たいていのギフテッドはネガティブな反応をするのではないかなあ、どうなんだろう。

-----------

「いつも教室はほんとうにうるさいんだ。
 だからあそこでは勉強できないんだよ!」

という子どもの訴えもよく聞くことだ。教室がざわざわしていることで、ギフテッドの集中力が著しく損なわれることが多い。だから教室にて、

「静かにするように!」

と、断固とした態度で厳格に対する先生というのは、たいていの子どもたちには人気のないものだが、ギフテッドは逆に、そういう先生にこそ好意を持つ場合が多い。

-----------

>>>>このあたりもギフテッドのおなじみな問題です。息子も最近特に、教室において周囲の声や動きに集中をそがれ、ケアレスミスをよくしています。近い将来なんらかの対策が必要かなと感じているところです。そうは言ってもやはり、そこで集中しないといけないのですからね。みなさんどうしてらっしゃるんだろうか。

でもね、家においては逆にほんとにうるさいんです・・・

その日にあったことをよく話し(特に夫が帰宅と同時に弾丸トークに変わる)、ものを床にしょっちゅう落としたり走ったりジャンプしたり(これはまあ、7歳男子ですし・・)するので、全く反対にとても静かな環境を好む夫にとっては、生活をともにするのにはかなりの忍耐が必要。

でもそういう夫が、コージのような子どもを持ったというのも何か意味があるような気がします。

小さい頃からとても大人びていた夫ですが、コージと明らかに違うところは、一貫して静か環境を好んでいたこと。

コージの場合は、「自分から発信する騒音」(笑)も並々ならぬものがあり、でもそれが逆に「周囲から自分へ」となると途端に耐えられなくなるという、なんとも迷惑なケースだと思います。

最初は私、息子の方ばかり向いていまして、「子どもだしアパート住まいなのだから親がちょっとは我慢しなくては」と思っていたのですが、聴覚過敏の夫にとっては、息子のあらゆる所作が気になるようで、それを理解した今では、両方について気遣うようにしなければいけないな、と思うようになりました。

次回は触覚に関する過敏についてです。


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by dksh_okys | 2014-07-21 04:18 | OE ? OK !
2014年 07月 17日

ギフテッドの強い感情移入

「ぼくはよく、ものにはぜんぶ 心がある ように かんじるんだよ。」

 最近息子コージは、特にそのことを強く思うようです。

「だから、何かをすてると、それが 泣いている ような気がするんだよ。」そう言いながらも、その場面を想像するんでしょうね。
既に泣きそうになるのです。

だから古いおもちゃ、もう着られなくなったシャツや履けなくなった靴だけでなく、チョコボールの箱とかアメの包み紙とか走り書きメモとかその他もろもろ、一度自分が関わったものをうっかり息子の前で処分しようとすると大変でした。

そういう息子の使ったものって、母である私にとってももちろん彼以上に愛着のあるものですけど、しかしここは狭いアパート。

現実的にはなかなかそれも難しく、不必要なものはその都度処分しなければなりません。私も最近やっとそのあたりの彼の感情を理解しましたので、人知れずこっそりと取り組むようになりましたけど。

昔飼っていた犬が、小屋に敷いていたマットを新しいものと取り替えようと取り出した時に、不安げに不満げにかなしそうに古いマットの方ばかりを見ていたことを思い出しますけど (笑)、犬だって子どもだって(もちろん大人だって)「ある時間を共有したもの」に対して、愛着を持つのは自然なこと、でも息子の場合はそれがかなり強いのです。

先日、私自身がかなり気が滅入っていた時に、このアパート環境は7歳男子にとって決してよくないと思い詰め、引っ越しを考えました(実は今も継続中。夫には言っていないのですがね)。で、こっそりとさりげな〜く息子に聞いたんです。

「◯◯(私の実家)みたいに、広い庭のある家に住めたらいいよねえ。。」

するとコージくん、

! 

このアパート、ぼくは大好きだし、
それにぼくたちが引っ越しちゃったら、

この アパートが泣いちゃう気がするんだ。

だからぜったいに、やだぁよぉぉーー!!」

即答でした。

彼の中では万事がこの調子なんでしょう。このごろは特に自分が関わったものでもないものについても、そういう感情を抱くらしい。

何かに対して、好むと好まざるに関わらず、日常的に息子が入って行かざるを得ない「深さ」について、私も最近よく考えるのです。


写真は、作文の宿題などがあまりにもはかどらなくて頭に血が上った時などに、居間の彼専用の作業テーブルの下にもぐって取り組んでいる様子です。

「ほんとっ、頭くる〜」とか言いながら。。


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by dksh_okys | 2014-07-17 05:52 | OE ? OK !
2014年 06月 03日

とりあえず、前言撤回。

前回、「あまりギフテッド云々にこだわる必要はないのかもしれないなあ」

なんて書きましたけど、やはりそんなわけにもいかなく。。

現地校、学童保育、そして日本人学校も行くのが楽しいという気持ちはないらしく、その原因はおそらく人間関係なのだと思います。
d0002471_0264568.jpg
ひとり、現地校クラスと学童保育でいっしょの男の子がいるのですが、かなり気分屋らしくそれに自分の一日が左右されるのがたまらなくイヤだ、と。

「それでも少しずつ慣れていくためにも、そういう状況はある程度我慢させること」

は必要なんでしょうが、どこまでさせるべきかですよね。
で、私は最近いつも迷ってます。

これはいつも子どもを身近で見ている母のさじ加減が問われるのだと思いますが、それが難しい。

息子の場合、ホームスクールをするほどではないにせよ、学校、学童は限りなくイヤなようで、その気持ちがどうしようもない時はなるたけ早く迎えに行くようにしています。

実は今日も「◯◯にいじめられた」と、学童に迎えに行ったら元気がありませんでした。

彼が過剰に感じすぎるところが主な原因では、と思っていましたが、ある人に

「ある子にとってはイジメに思えないことが、
 違う子にはそう思えるところが問題なのよ」

と指摘され、確かに確信犯的なイジメだけでなく、OEが強い場合は特にこういう「受け取り方の問題」で随分傷ついてしまうんだろうな。

癇癪について。

外ではあまりなくなりましたが、特に私に対して(父にもたまに)、自分の思うところと違うことがあると手が出るのは続いています。あとで冷静になってああ、またやってしまった、と思うらしいですが。でも他の人にはやらないのです。

衝動性、多動性もまだまだあるなあ。

食卓で足や手を動かしていることが多く、声も大きい。すぐに興奮してムキになる、等々、これらも実は外ではあまり出ないのですけど、家にいてリラックスしたところでは出て来るのね。

特に夕食時に静かな空間を好む、しかも仕事の後で疲れている夫にとってはなかなかつらいものがあるようで、でもだからといって、どこまで注意するべきなのかな、と私としてもいつも迷います。

いつものごとく、まとまりもなく結論も全くない日記です。。ギフテッド関連情報から遠ざかっていたので、いろいろ忘れてました。。ああ。

で、写真は、久しぶりに行った森の泉にて。

イオウ質を多く含む水が流れ出ているため、ご覧のように周辺の石が赤茶色に。ほのかな臭いもあり、なんだかミョウに落ち着く場所でもあります。先日はコージの最も仲のよい友だちと来たので彼にとってもさらに好きな場所になったようです。

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by dksh_okys | 2014-06-03 00:41 | OE ? OK !
2014年 01月 20日

会食できないOE

すいません、そんなの ないです!

ですが、多分にギフテッドの特徴である、OE(過度激動 = Overexcitabilities)からきているだろうと思われるのであえて書きたいと思います。

ちなみにこの過度激動という心理学用語の日本語訳について、響きがどうも・・と思うのは私だけだろうか。「過度に激動」って・・。でも、感覚過敏、というだけではこの特徴を表す言葉としてはおそらく弱いんでしょうね。over に excite する ability、英語ではもう少ししっくりいくような気がしますが。

この過度激動の中でも特に知覚性OE(=まぶしい光、大きい音、匂い、触感など感覚器官に与えられた刺激に過剰に反応すること。このあたりについてはあーちゃんママのブログに素晴らしくまとめてありますので参照してみてください!)が強い場合に、見た目や匂いで特定の食べものを拒否してしまうというのはよく聞きますが、コージの場合は一時期、それもけっこう長い期間ですが私と夫以外の人といっしょに食事ができませんでした。

3歳で入園した幼稚園にてようやく食べられるようになったのは、3年目5歳になってからでしょうか。

幼稚園の先生には、「お腹が空けばたべるようになりますから!」というよくある理屈を言われましたが、家に帰ってきてからものすごい勢いで食べる息子を見て、体も大きいし食べる量も多い彼が半日以上食事をしないというのは絶対よくないと判断、幼稚園と相談しました。

私がお昼時に幼稚園に出かけキッチンにていっしょに食べる、ということを地道に続け、その後すこしずつ教室にて食べられるように慣らしていった、という経緯があります。

幼稚園にては昼食はおろか誕生祝い用のケーキなども全く手をつけず、保護者が持って来る振る舞いのお菓子なども受け取り拒否するくらいならいいんですが、なんといっても困ったのは

水さえ飲まなかった!

ことです。

夏の暑い日などかなり心配したことを覚えています。喉が乾いたからと言っても飲まない、というのが息子でしたから。

誰かの家に遊びに行っても出されたものは食べず、逆に我が家に誰かが来ていっしょに食事、というのも全くできませんでした。

ある時期からは、我が家にお客さんが来て食事などという場合などは、食卓の隣にある(食卓側からは目隠しになる)カウンター内で自分の家にもかかわらず、こそこそとしかも急いで食べたりする姿を見て、親としてもなんとも言えない気持ちになったのを覚えています。

それを許していてはと言われたこともありますが、それまでは全く食べられなかったのですから、少しでも食べられるようになるならと、こちらも喜んで対処してました。彼が食べないことで起こる癇癪であるとか予定の変更とかを避けたいという私の事情もありましたし。

ちなみにこの頃に平行して私の心配不安もマックスに達していまして、ネットで調べた結果どうも「社会不安障害」に近いのではないかと感じていたので、児童心理カウンセラーに相談しました。最初の面接にて、コージは(案の定)心理テストを完全拒否しまして、少ない判断材料でものすごく大ざっぱに、もしかしたらADHDかもしれませんね、と。

この時に直感したことは、子どものことを四六時中観察できるわけではないカウンセラーが、たった数度の面談だけでこうした複雑な問題を判断するなんてできるハズがない、ということ。しかし親は「なにか判断してもらって白黒つけ、ある意味安心したい」のですから、カウンセラーもなにか方向性を示さなければ、という都合もあるんでしょう。

私自身もこの頃は、なぜ息子が他の子と大幅に違うのかを知りたい、理由がわからない宙ぶらりん状態から解放されたい、という気持ちが強かったのも事実で、もし何につけ冷静で懐疑的な夫がいなかったとしたら、カウンセラーに言われることを鵜呑みにしたかもしれません。

結論としては、社会不安障害でもADHDでもない、というとでしたが、科学的な根拠をもとに万人が納得できるような判断が簡単にできない分野での「専門家」の解釈はよくよく注意が必要だ、と思ったのを覚えています。

話を「会食できないOE」(笑)に戻しますと、コージが幼稚園で食べられなかったのは、

食べているところを人に見られるのがイヤだった

ということです。「人に見られる」ことを小さいころから異常に意識する、自意識がとても強い子どもだったので、今思えばその点は理解できるのです。

自分のテリトリー外の不安な場所にて人に見られながら、それもあまり食欲を刺激しない(笑)ドイツ料理を食べる、というのは、彼にとってかなりハードルが高かったんでしょう。

じゃあどうして食べられるようになったのか? 

それは私にもはっきりはわかりませんが、場数を踏んで不安な気持ちが少しずつ薄れていき、食べたいという欲求が勝って行ったということなんでしょうね。7歳の今ではほとんどありませんが、それでも問題を感じなくなったのは、それほど前のことではありません。

この点をOEにつなげることについて疑問を持たれる人もいると思いますが、なんでも深読みする点、強い自意識を持っていること、そしてあらゆる刺激に強く反応する強い知覚性OEなど、私としては彼の持っているOEの特徴と深く関わっていると考えています。

OEに関してあーちゃんママが訳してくれた上記の記事ですが、今読んでもウィキよりもずっとわかりやすい! 私も折に触れて読み返していますです。

ちなみにですね、外で食べられるようになった現在でもたとえば、トマトソースが口の周りにつくから、

外食時、スパゲティにソースなし(笑)

とか、実はひそかにこの傾向は続いていることを付け加えておきます。


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by dksh_okys | 2014-01-20 04:20 | OE ? OK !
2014年 01月 14日

OE ? not OK ....

最近コージ君は、家でも一人でいることができません。
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夫がいない時に私がちょっとでも他の部屋に行くと「どこ行くの?」「行かないで〜」と、トイレにもついて来ようとするので、まるで、

2歳児にもどったのか!

という感じで、とても困っています。

発端は彼の現在の強い興味のひとつ、恐竜です。

ここ半年ほどは講談社の図鑑MOVEの恐竜編(これ、ほんといいです!)付属のDVDとか、BBCのドキュメンタリーDVDなどを楽しんでいたんですが、その流れで 「BBC ウォーキング with ダイナソー ~恐竜時代 太古の海へ」を観せてしまったのです。これがいけなかった。。。

このDVDのパッケージ(写真↑)を見て既に判断するべきでした。アマゾンでもかなり評判よかったのと、小さい子どもに観せている人もけっこういたのであまり深く考えなかったんです。。

科学者ナイジェル・マーヴェンが恐竜の時代を探検するという設定で、CGを駆使してつくられたこのDVD、それはそれは迫力ある映像です。でもあまりにもありすぎてコージくん、それを観て以来、玄関ホールと居間の間のドアをいつ何時でも閉めないと居間にいられない、というようになってしまいました。なんでも暗闇から、

モササウルスがやって来る!」

らしい・・・

先日、コージの友だちが来て二人で夢中で遊んでいたので、これなら大丈夫だろうと思い「下にゴミ出しに行っていい?」と聞くと、

「いやだ〜(友だちを置いて)僕も行く!」

と即答、ジャケットを引っ掛けようとしたので、ゴミ出し、延期です。。

我が家のテレビはワケあって常時ケーブルに接続していないこともあり、テレビはほとんど観ていません。その代わりに一日1本くらいなら、とDVDを観せていました。

NHKやドイツの子ども用教育番組とか、MOVEシリーズとか宮崎駿などの子ども向けDVDくらいならよかったのですが、もう7歳だしこのくらいだいじょうぶだろうと、あまり吟味せずに観せてしまった。刺激の強い映像はやはりよくよく考えるべきだったと。

冬のドイツ、どんよりとした日も多く、東南の角に位置し開放的でいつもはかなり明るい我が家も、この時期けっこう暗い雰囲気になったりします。トイレにもひとりではいけない、自分の部屋におもちゃを片付けにいけないだけでなく、私の姿がちょっとでも見えないとプチパニックになるこのごろ。

先日書いたエレベータの恐怖のように、知識を得ることで落ち着いてくる OE 過度激動)(→ コージの強い感受性はOE(過度激動)だった?)もありますが、年齢があがり自分の世界が広がるにつれて入って来る刺激も日々多くなり、それを制限しようにもできなくなる日も来るんでしょう。

その時までに自分の OE とうまくつきあう方法を少しずつ学ばなければならなりません。今でさえ全身で刺激を受け取りいっぱいいっぱいなコージくん、まだせめて親が注意してあげるべきだったのです。それなのに。。。

率先してマテリアル提供をしてしまった・・・

ごめんよ〜
母が悪かったよ〜


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by dksh_okys | 2014-01-14 12:55 | OE ? OK !
2014年 01月 10日

OE ? OK !


相変わらず激しいコージの OE( Overexcitabilities = 過度激動)について、今日はその具体例を少しあげてみようと思います。

このところ暖冬が続いているドイツ、下手したら東京よりも暖かいので、先日久しぶりに自転車のりに出かけました。

うちのアパートは地下に自転車置き場があるのですが、一目につかない倉庫なので盗難も多い。よって我が家の自転車3台はアパート内に置いています。つまりは自転車に乗る時はエレベータにてそれらをいちいち下におろさねばなりません。そして実はこれこそが、長らく我が家の大げんかの発端でした。

今でこそこれは、OE だな、と理解しましたけど、その認識に至るまではほんとに大変だったのです。

というのも、2台あるエレベータのうちひとつは充分大きいので自転車二つと人間二人は問題なく運んでくれるのですが、入れ方にちょっと工夫が必要です。

1)私の自転車をまず、進行方向をエレベータ奥に向けて入れ込む。
2)前輪を右側に曲げ、エレベータ左側にきちっと納める。
3)その後コージの自転車を、エレベータ右側に逆向き、つまり出る時に彼が進行方向そのままに、私より「先」にスムーズに出られるように入れる。

ということはコージはその間、私が先に乗って体勢を整えている間に外で待っていなければなりません。といってもたった5秒くらい、でもそれが待てないのです!

早くしないとエレベータが閉まる〜!

という強い恐怖があるんでしょう。

こちらが制するのを待たずに無理矢理入ろうとするので、こちらもうまく自転車をスペースに納めることができない、そのうちにますます「ああ、ドアが閉まる〜」(ドア下に人やモノがある場合は閉まりません!)と彼がパニックになり私との大バトルになる、という。

出る時も同じです。「早く出なければ!」との焦りから、ハンドルがつかえたりしてよけいパニックになるのですよ。

コージの思いは、

自分が先に入って先に出たい!

でもエレベータの大きさを考えたらそれは無理なことです。自転車に乗る前からそういうやりとりをするのも思いっきり消耗するので、一時は以下のようなめんどくさいことも。

まず最初にコージの自転車を下におろす。 → おろした自転車に鍵をかけそのあとまたアパートにもどる。 → そしてもう一台をおろす。

その間コージは一人でいることはもちろんできないので、つねに私にくっついてい行動、はたから見たら、

なんとも間抜けな光景だろうな・・・

と。そしてもちろん帰宅時も以下同じ。大きいエレベータがなかなか来ない時は、途中その間延々と待たねばなりません。そして親子でまたイライラするのです。

実はこれには伏線があります。

2歳くらいのころでしょうか。もうすぐ発車するという電車に私とコージが駆け込み、続いて乗り込もうとした夫の顔に、しまりかけたドアがあたってしまったのです。

その光景、父の痛そうな顔の記憶がコージの頭から離れないらしく、「ドア→すぐに閉まる→早くしなくちゃ!」という回路が出来上がってしまったようです。

もうひとつ。

日本のJRのエレベータにドアに子どもが手を挟まれて泣いているイラストのシールが貼ってあったのですが、その泣いている子の顔に強く共感してしまうんでしょう、

泣いてるエレベータはやだ〜

とJRのエレベータに乗ることを拒否(ベビーカーではそれも無理なんですが)、しまいには

JRの電車全てに乗れなくなり

これは現在までも続いています。

こうした経験が複合されて、エレベータ=閉まる恐怖、というイメージが益々大きく強くなるんでしょう。それに加えて自転車をうまく納めなければならないという焦りと重なり、よけいパニックになるようです。

あ、そういえばホテル滞在時に、レセプションやレストランがある1階と宿泊階10階を毎回階段で何度も行き来したこともありましたよ。

最近は実生活においては少し改善されてきたとはいえ、それは経験とか理性で抑えているのであって、ひとつの記憶を強く長く持ち続ける先の展開を予想して不安になる他人の悲しみに共感する、といったことからくる不安感とか恐怖感というのはむしろ大きくなっているのでは、と思うこともあります。

理屈をわかった今にいたっても、側にいるだけで私はおそろしくストレスを感じますが、そういう状態が四六時中続いているだろう本人はもっと大変です。一生続くというギフテッドのこうした感覚。それとなんとかうまくつきあわねばなりません。

OE はとうていまだまだ OK にはなりえませんが、彼は少なくとも私という理解者がいます。7歳に至っても彼が私から離れようとしないのは、この点なんだと思います。


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by dksh_okys | 2014-01-10 13:56 | OE ? OK !
2013年 10月 15日

「松ぼっくり」の森へ散歩に

私たちは日曜の午後はたいてい近所の森に散歩に出かけます。

 いつも森であきた! 

 つまんない!! 
 
 ほんと頭にくる〜!!! 

というコージを、夫も私も全く無視しほとんど必ず出かけます。

雨が降った後は道がぬかるむので夫が行きたがらず他の場所を選択しますが(ワインガウとか)、例えば夏の暑い午後などは特に、直射日光が避けられた上にひんやりとした空気の中での散歩できる・・・こんなリラックスできる散歩コースはないのです! 

森の中にカフェもあり、そこの屋外テーブルで冷えた白ワインを飲んだりおいしいケーキを食べることも可能。

大人二人だけであるなら、週一くらいは外へ全くでずに家でだらだらやりたいところですが、なにせ6歳男子を抱えたアパート暮し、やはり無理矢理でも運動させないと近所迷惑&親も迷惑なので仕方ない、というよんどころない事情もあります。

しかし、嫌がるコージくんはなんとか連れ出した後もたいへんです。

なぜなら

息子の大嫌いな「松ぼっくり

がふんだんにあるから! 

森の多いドイツでは、松ぼっくりを避けた散歩コースはほぼ不可能、となる季節も長いんです。

森までいかず町中であってもですね、そこは緑がたいへん多い国ドイツ、たとえば幼稚園までの15分弱の通園路にもふんだんに落ちていて、ギャアギャア叫ぶコージをなだめつつなんとか迂回しながら、というのもほんと大変でした。

この季節になると、同じようにあちこちに落ちているカスター二(日本の栗とそっくり)などの方が、なんだか巨大な昆虫みたいで見ようによってはよっぽど気持ち悪いと私は思うのですが、こっちは全くスルー、なにが彼をそれほど松ぼっくりフォビアにさせたのか、そのあたりは本人に聞いてもよくわかりません。

一度、親戚の家にコージといっしょに遊びにいった折、玄関を開けたら正面に、

特大 松ぼっくり

デコレーションが! 

すぐにドアを閉めておいとました経験もあります。

これからクリスマスにかけて、さまざまなデコレーションが町中や公共施設、そしてお邪魔したお宅の中にあふれます。この季節のアイテムとして世間一般的には松ぼっくりははずせないもの、MUST!なんでしょう。しかしコージにとってはなかなかつらい季節でもあります。以前よりはかなり落ち着きましたけどね。


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by dksh_okys | 2013-10-15 04:46 | OE ? OK !
2013年 09月 21日

情報過多による生きにくさ

新しい環境でストレスの溜まっているこの数週間、家庭内では相変わらず大小の諍いが絶えません。

こういう状況で、以前に3回ほど参加したVHSのギフテッドコース(おもに6歳から8歳のギフテッドの子どもを対象とし、だいたい2時間×2週が1セットで楽しみながら多様な科学の実験を行うコース)が最近続けてありました。

が、本人も精神的に余裕がなく、泣きながら「行きたくない!」と訴えられたこともあり、残念ながらキャンセルいたしました。

そのコースに来る子どもたちはだいたい毎回違うので(中には常連もいますが)、見知らぬ子たちとのやりとりに疲れる、という感じでしょうか。

私自身は少し余裕が出て来たので、ずっと中断していた、 Jenseits der Norm-hochbegabt und hoch sensibel?をまた少しずつですが読み始め、今後に役立つ情報を少しでも得ようと思っています。

息子のような感受性の極めて強い子ども(ドイツ語では hoch sensibel ) を持つ親にとっては、この中にあるギフテッドのドイツにおける具体例を読んでいると、「そうそう、それそれ!」と思わず独り言が出てしまいます。

特に今のように、新しい友だちとの関係がうまく機能してない、そこからくるストレスで、つらい思いをしている彼を毎日見ているので、似たような例を読むことは母としても精神的にかなり助けてもらってます。

その中で、ギフテッドはいわゆる small talk、つまりあたりさわりのない世間話が不得意な場合が多いというくだりがありました。

自分の頭の中の広くて深いあらゆる情報を瞬時に引き出し、怒濤のように発信してしまいがちであることから、上っ面の部分で話をとどめる社交の場での会話がいかんせん難しい。すでにみなの中では一段落してしまった話の細部を、さらに掘り返し延々としゃべる、とか。

また、ふつうの人にとってはごくわかりきった自明のことが、ギフテッドにとってはとてつもなく複雑なものになりうる、と。たとえば、

僕はいつ笑ったらいいのか?

人と握手をするのは、どういう場合にすべきなのか?

どうやって知らない人に対するべきなのか?

もし誰かが僕に、『じゃあ今度は君のことを話してよ!』
と聞いたら、どうやって答えたらいいのか?


論理的でないことをうまく自分の中に「適当に」おさめて消化することができない、ということでしょうか。

また、私がとても反応したのは、誰かとの諍いの際に、その相手の怒りの背後に隠れている哀しみであるとか日常の不満を同じように感じてしまい、そのために相手に抵抗する気持ちが失せてしまう場合が多い、というところ。

コージを見ていると、頭の中にあらゆる情報が一気に押し寄せるので、それを整理して(一般から見て)自然に見えるような反応、行動を導きだすのが難しいんだろうなあ、と思うことがよくあります。そのぎこちなさを自分でもわかっていて、それを感じてさらにパニックに・・ということも多々。

そしてさらに、諍いの際に傷つけられた本人として怒りを持ちながらも、相手に共感する気持ちも強いので、そのジレンマでどうしようもなくなってしまう、ということも。

しかし、ギフテッドにはそれらを補う知性がある、とこの具体例は結んでいます。ギフテッドが場数を踏んでそれらを自分の中に蓄積しながら社会性を身につけることで、充分に補えるだろう、と。

どういう分野に進むにしても、こういう「世間一般が考える普通」と自分との距離を認識して、それを否定せずにすむ落としどころを自分で見つけていく、ということに尽きるんでしょうね。

親としてできうる限りの援助をするつもりですが、つらい思いをしながらも結局は彼自身でやらねばならぬこと、ああ、道は長いなあと思います。やっぱり人間関係が一番難しいのよね。


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by dksh_okys | 2013-09-21 13:40 | OE ? OK !