カテゴリ:OE ? OK !( 14 )


2013年 09月 12日

母である私との強い結びつき

小学校が始まって以来、コージ君の不安定な日々が続いています

今週の月曜日は夜の8時からまた小学校の父母会、できれば夫と二人で参加したかったのですが、2週間前の父母会で二人がいないことにかなり動揺したコージ、後日もしばらくたいへんだったこともあり、今回は私だけが行くことに。

行く前もかなりナーバスになり、夕飯もきちんと食べられず、出かける時は玄関で「行かないで〜!」と号泣。まるで幼稚園に行き始めたばかりの子どもが母と離れる時のようでした。

コージの中で、母である私との関係はとても強い特別なものであるらしく、こういう新しい環境にては特にですが、私と離れることがとてもとてもつらいそうです。

自分がなんとなく人と違う、ということはおぼろげながら感じているコージ。そういう自分をいかなる時でも受け入れ、理解しようとしてくれるのが親だ、ということもおそらく理解しています。

そして、自分の本当の気持ちに関しては、実は母である私にしか言わないことがままあります。

OE(刺激に対する並々ならない反応=過度激動)の特徴がかなりある彼にとって、一番近くにいる親に対して絶対的な信頼感があるというのはとても大切。息子と母親の関係は特に強いといいますが、私自身も、まれにみる強い個性を持つ一人息子に対して、母として並々ならぬ感情を持っていると思います。(→ OE ? OK !

が、息子の、私に対する気持ちの強さというのはなんとも形容しがたいほどで、そこまで? という場面が実に多い。

でもやはりよく考えてみれば、コージの、OEに起因するの成長のアンバランスさは、なにか強力な精神的な支えがあってはじめて可能なのであって、それがおそらく私なんでしょう。

逆に夫に対しては、

「おとうさんには言わないで!」

ということが多いのです。でもそれは父に対して信頼がないわけではなく、尊敬している父に対して自分の面目を保ちたい気持ち、つまり小さいながらも、男としてのプライドがあるのだと思います。

家庭がすでに小さなひとつの社会になっているんですね。

私にとっても、あまりにも近すぎて見えないものを、俯瞰して冷静に客観的に指摘してくれる夫の存在は貴重です。母である私との強い情の結びつき、そして父と共有する、きちんと理にかなうことが要求されるも知的刺激に満ちた世界、その両方があってこそ、コージは健全に成長できるのではないか、とほぼ確信しているこのごろ。


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by dksh_okys | 2013-09-12 10:43 | OE ? OK !
2013年 07月 01日

過度激動、否定かそれとも肯定か。

心理学者ドンブロフスキはOE =Overexitability, 過度激動刺激に対する並々ならない反応)の積極的分離説を以下のように唱えています。これはコージにとってもキーでもあるので少し書いてみようと思います。ギフテッドは、常に外界、内界両方からの刺激を増長した精神で感じ、激しく深い幅を持って経験し、内省を繰り返していることが、彼らの著しい成長に関連している」(WIKIによる)

つまり、激しい感情作用こそが人生を変えるような劇的な体験をもたらし、それが精神の成長をもたらし、勉強や仕事で著しい成果をあげる=普通を「積極的」に離れ、通常不可能な場所に到達できる、と。

一方でこのOEは、一般には理解されにくいことから、ギフテッドの子どもが孤独感疎外感を感じ精神的に病んでしまう、つまり普通から離れてしまう場合も多く、それを否定的分離と定義しています。

ドンブロフスキはさらにOEの5つの特徴を次のように挙げていますが、半年前にこの部分を初めて読んだ私は、深〜く納得しました。

1)精神運動性OE:一般的に「落ち着きがなく頭の回転が速い」印象を与えるもの。身体的多動だけでなく、話すスピードが速い、一気に飛躍する、頭が働いて眠れない、という精神的多動を示す。

⇒⇒⇒ どれも当てはまるが特にコージの睡眠時間の短さについて。運動量の増えた現在は8時間程だが、以前は10時くらいに寝ても普通に4時や5時に起きてこられました。(注 : 2014年1月現在、ほぼ5時前後起床に落ち着いています)

2)知覚性OE:いわゆる「神経質」。まぶしい光、大きい音、匂い、触感など感覚器官に与えられた刺激に過剰に反応する。

⇒⇒⇒
 とにかく周りのものをよく観察し激しく反応します。一瞬見ただけで否応無しに入って来てしまう情報量が膨大(これは夫も同じです)、そしてそれを受け取る五感が異様に鋭い。いや、五感が鋭いから入る情報量が多いのかわかりませんが。

3)想像性OE隠喩などの詩的表現に優れる。「おとぎの国の住人」と揶揄されるほどの強い想像力をもつ。

⇒⇒⇒ 頭に浮かぶことを絶えずしゃべっています。ドイツ語よりはまだ優位な日本語においては特に、形容詞副詞を使って比喩表現を多用します。

4)知性OE:知識とロジック、新しい意味を渇望し、疑問を追求し、理論的な分析や真実の探求を愛する。

⇒⇒⇒ このあたりについてはまだ6歳、いかんせんなんともわかりません。

5)感情性OE感情の種類と幅が大きく「ドラマチック」な反応を示す。より楽しみ、より悲しみ、より腹立ち、より驚き、より恐れ、より共感する。深く感情移入し、愛着心、責任感、自省意識も非常に強い。

⇒⇒⇒ これですこれ! とにかく彼の日常はいつもドラマチックであり、それに振り回される私の日常もまた同じです。これについてはありすぎるのでまた別の機会にでも書いてみようと思います。

こうして見ると想像性OEと感情性OEが際立っていると感じるコージですが、なんといっても大変だったのは(2)の知覚性OE

以前JRの車両のドアやエレベータに、事故防止のため「子どもがドアに手を挟まれて泣いている」シールが貼ってありました。実際に自分が挟まれているところを想像してしまうんでしょうが、そのシールを見るだけで泣き出すようになってしまい、「泣いてるエレベータ」に乗ることはNG、ひいてはJR全てを拒否、現在に至ってます。

乗り物関係、ドイツではそこまで惨くはないんです。乗り物酔いやエレベータの問題はありますが、鉄道バスなどは普通に乗ってます。

駅構内や車両内の過剰なアナウンスと案内音、色、記号、光の氾濫など、視覚聴覚への情報がありすぎる日本の環境は、普段ドイツで生活している身にとってはおそろしくつらい、ということなんでしょうね。ごくフツー人間の私にとっても、たとえば日本の至るところにある音の洪水はもう拷問ですから、息子の反応もわかります。

この過度激動OEという性質を多かれ少なかれ持っている人は、一般的にはほんの些細なことが、とてもじゃないけど耐え難いものになってしまう。その耐え難い小さなものが無数に集まっている日常を生きている、といってもいいかもしれません。

だからこそ、それをどうやってポジティブなものに変えていくのか、という点が人生を切り開くものとなるのは間違いない。否定的分離にいってしまうのか、それとも積極的分離に辿り着き人生を肯定できるようになるのか。

その鍵は、その点を理解し助ける「周囲の存在」に尽きるのではという気がします。家族だけでなく学校その他の社会が認識し受容できるか、という点において。

息子の場合も、かなりの育てにくさを感じていた親である私が、「たまたま」幸運にもこのOEという概念に出会ったからこそ今に至るわけで、現在も辿り着けないまま苦しんでいる本人やその家族も多々いらっしゃるはずです。

だって、人口の2%のギフテッドって、

それほどレアでもないんですから!

あなたの周りにも実はいるハズ、
いやあなた自身がギフテッドかもしれません。

そういう方々が一刻も早く正しい情報にアクセスでき、適切な理解と判断ができるようにということ、同時にこの OE という概念への理解が一般に進むということは、6年間苦しんだ私自身の願いでもあります。

ところで記事と全くもって関係ない写真は、沖縄のシーサーではないけど、魔除けという意味では同じなんだろうな。昨日行った近所の中国式庭園にて。堂々たる面構えに思わずパチリ。そういえば、「ナビィの恋」もコージの好きなDVDでした。

オチはありませんが、ここでよく行われている、日本人の私ににとってたいへん興味深いことについてはまた後日。

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by dksh_okys | 2013-07-01 15:03 | OE ? OK !
2013年 06月 07日

トイレバトルがありまして。

昨日、再び・・・です。
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長い長〜いやりとりの末にやっと幼稚園のトイレに行けるようになったコージくん。しかしです。

朝の9時から迎えの3時まで、

彼は一人ではほとんどいきません。

幼稚園を後にしてからも買い物その他、すぐに家に帰るわけではないので、迎えの時は必ずトイレに行ってから帰る、となってます。

昨日、3時過ぎに幼稚園に行きいつものように促すと、友だちが近くにいたので照れくさかったのかもしれませんが、「いやだ!」と。それでも私が強く主張すると、いつものように泣き出し私を押しながらなじり始めました。その詳細略。

そして、このたかがトイレ行く行かない、が大バトルに発展、結局その夜予定していた、幼稚園のお泊まり会の部分参加(まだひとりで泊まることができないので夜の10時まで)に行くことができなかった、というハメに。

彼自身も楽しみにしていたので、その点は私も、じゃあけんかを休戦して連れていけばよかったのか、と後味がとても悪いのです。

このごろは、「お昼に行ったよ」とか言うので、家に直接帰る時はまあいいか、と緩めていたのは事実ですが、そのくせ、マンションのエレベータの中で「おしっこ我慢できない〜」ポーズをしきりにしてたりする。めんどくさいから適当に嘘をついてるんでしょうね。

失敗して恥ずかしいのは自分だし、6歳なんだからトイレの判断は自分でさせたら? 

その通り! でもこれはトイレの問題だけでなく、決められたルールは守る、母の言うことに耳を傾けさせる、という意味もあるんです。

それにごく最近幼稚園で失敗、あまりの恥ずかしさにパニックになり、

着替えもせずに泣いているので来てください! 

という呼び出しがあったということがあります。

3歳や4歳の小さい子ではなく、最年長6歳で!

そしてその経験もあまり学びに生かされた形跡もない気がするのです。そういう心配と将来の母の負担の軽減のため、ということが大きいのです。

今朝はそのあたりをずっ〜と考えてましたけど、この点はギフティッド云々というよりは、もうこれは彼のまれに見る頑固なところが、OE過度激動)からくる繊細さと相まって、複雑怪奇なものになっているんだろうなあ、と改めて思いました。

彼自身の持って生まれた頑固さ、これがもうかなりなのは事実。でもそれは逆に言えば、そしてものすごくポジティブに解釈するとすれば、同じギフテッドといっても、数学に秀でているとか音楽に秀でているとかと同じように、その強さ自身がキーワードとなるかもしれない、ともちらっと思います。しつけはしつけとして、別問題で対処していかねばなりませんが。

全然関係ないですが、写真は先日訪れた郊外都市のプロムナードにて。横にはオイレンシュピーゲルもいた、かな・・。
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by dksh_okys | 2013-06-07 13:09 | OE ? OK !
2013年 01月 26日

コージの強い感受性はOE(過度激動)だった?


ものごころついた頃から息子コージは「恥ずかしい」という気持ちがとても強い子で、自意識の形成がやけに早いなと感じていました。

たとえば・・・

私と夫以外がオムツを替えるのはイヤ、
自分の裸を見せるのはイヤ(大好きなおばーちゃんにも)、

パジャマ姿を見られるのもイヤ

海やプールに行くなんてもってののか、
お風呂は大好きだけど温泉はイヤ(家族風呂は大好き)、

子どもがいる公園はいや(いない公園なんてあるのか?!)、

よその子が寄ってくると逃げる、
バスや電車の中で座るのは私の隣でなければNG
(対面や斜め前ではだめ)、
半ズボンイヤ、マフラー帽子もイヤ、

自分の家に他の子どもが来るのはイヤ

自分が行くのもイヤ、

もう全部イヤなんだ〜!

という感じで、日常がNGのオンパレードでした。

いやなことを前にすると人一倍大きい声で泣き出し大騒ぎなので、公共の場ではたいへんです。彼の要求を全て通すことは不可能ですし、またそうすることは彼のためにもよくない。で、私も日々戦いました。

家の中ならまあ、隣近所が「ああ、またやってるな」と思うくらいですが、公共の場に出るとそうもいきません。毎回激しいやりとりを経てそれが継続されたまま(息子大泣き、ハハムッツリ)で帰途に着く。日々がその繰り返しでしたが、私も親として譲りませんでした。

日本でだったら他人の目を気にして、あそこまで強くできなかったろうなと思いますが。

今思えば、これらのことは、OE (Overexitability = 過度激動) という、つまり人よりも周囲の刺激をより強く感じるという特徴から来ていたのだな、ということがわかります。上記WIKIの解説によると、「社会や人生における出来事を一般の人に比べて強く、深く、長く感じる」のだそうです。

でもそこにたどり着いたのはついごく最近です。

それまでは、彼の日常の細かいこだわりを全部満たしていたら「甘やかしている」と取られるだろうし、断固として対していると「なんか厳しすぎるんじゃない?」と言われてしまう。

なによりも、バトルが続く毎日に、親としてほんとストレスを感じ疲れていました。

でも、社会一般的にはよくないということに対して一貫していけないことだと言い続けて来たことには、双方つらいながらもよかったと思っています。

もしたとえば、この OE という概念を最初から知っていてコージがどうもそれに該当するらしいことを当時から知っていたとしたら? おそらく厳しさの度合いはかなり軽減されていただろうし、親としての迷いも悩みも随分少なくて済んだでしょう。

自分の欲求を通したい子どもと、それはいつも可能ではないということを教えなければならない親。両者の葛藤は、どの親子にもあることで、おそらく OE が強いということは、その欲求がより強く、それが通らないことに対するストレスもより強い、ということなのだと思います。

この社会で生きていかねばならないことには変わりはないわけで、彼の特徴だからといってその規範を緩めていたら、そういう緩さの中でしか生きられなくなってしまう。

そういうことを踏まえつつ、やはり今この時点で知ることができてよかったと心から思います。

ネットで調べてみると、 OE という特徴から来る特異さに幼少時から苦しみ、そのつらさを今も抱えている人が少なくないこともわかります。ギフティッドという名前からすると随分特殊なように感じますが、統計的にいうと全人口の2、3パーセント、ということは普通の学校でもクラスでひとりくらいの計算になります。

息子コージがギフティッドという範疇にはいるのかどうかわかりません。が、いろいろな文献を読む限り、かなりそれに近い特徴を持った子どもであることには違いない。

複数の方から「もしかしてギフティッドではないのか」と指摘されたことから調べ始めたことですが、6歳の彼が今の時点でより適切な対応を受けられるように親として最大限の努力を始められること、これは彼にとっても親である私たちにとっても幸運なことだと思います。

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by dksh_okys | 2013-01-26 13:02 | OE ? OK !