2013年 01月 26日

コージの強い感受性はOE(過度激動)だった?


ものごころついた頃から息子コージは「恥ずかしい」という気持ちがとても強い子で、自意識の形成がやけに早いなと感じていました。

たとえば・・・

私と夫以外がオムツを替えるのはイヤ、
自分の裸を見せるのはイヤ(大好きなおばーちゃんにも)、

パジャマ姿を見られるのもイヤ

海やプールに行くなんてもってののか、
お風呂は大好きだけど温泉はイヤ(家族風呂は大好き)、

子どもがいる公園はいや(いない公園なんてあるのか?!)、

よその子が寄ってくると逃げる、
バスや電車の中で座るのは私の隣でなければNG
(対面や斜め前ではだめ)、
半ズボンイヤ、マフラー帽子もイヤ、

自分の家に他の子どもが来るのはイヤ

自分が行くのもイヤ、

もう全部イヤなんだ〜!

という感じで、日常がNGのオンパレードでした。

いやなことを前にすると人一倍大きい声で泣き出し大騒ぎなので、公共の場ではたいへんです。彼の要求を全て通すことは不可能ですし、またそうすることは彼のためにもよくない。で、私も日々戦いました。

家の中ならまあ、隣近所が「ああ、またやってるな」と思うくらいですが、公共の場に出るとそうもいきません。毎回激しいやりとりを経てそれが継続されたまま(息子大泣き、ハハムッツリ)で帰途に着く。日々がその繰り返しでしたが、私も親として譲りませんでした。

日本でだったら他人の目を気にして、あそこまで強くできなかったろうなと思いますが。

今思えば、これらのことは、OE (Overexitability = 過度激動) という、つまり人よりも周囲の刺激をより強く感じるという特徴から来ていたのだな、ということがわかります。上記WIKIの解説によると、「社会や人生における出来事を一般の人に比べて強く、深く、長く感じる」のだそうです。

でもそこにたどり着いたのはついごく最近です。

それまでは、彼の日常の細かいこだわりを全部満たしていたら「甘やかしている」と取られるだろうし、断固として対していると「なんか厳しすぎるんじゃない?」と言われてしまう。

なによりも、バトルが続く毎日に、親としてほんとストレスを感じ疲れていました。

でも、社会一般的にはよくないということに対して一貫していけないことだと言い続けて来たことには、双方つらいながらもよかったと思っています。

もしたとえば、この OE という概念を最初から知っていてコージがどうもそれに該当するらしいことを当時から知っていたとしたら? おそらく厳しさの度合いはかなり軽減されていただろうし、親としての迷いも悩みも随分少なくて済んだでしょう。

自分の欲求を通したい子どもと、それはいつも可能ではないということを教えなければならない親。両者の葛藤は、どの親子にもあることで、おそらく OE が強いということは、その欲求がより強く、それが通らないことに対するストレスもより強い、ということなのだと思います。

この社会で生きていかねばならないことには変わりはないわけで、彼の特徴だからといってその規範を緩めていたら、そういう緩さの中でしか生きられなくなってしまう。

そういうことを踏まえつつ、やはり今この時点で知ることができてよかったと心から思います。

ネットで調べてみると、 OE という特徴から来る特異さに幼少時から苦しみ、そのつらさを今も抱えている人が少なくないこともわかります。ギフティッドという名前からすると随分特殊なように感じますが、統計的にいうと全人口の2、3パーセント、ということは普通の学校でもクラスでひとりくらいの計算になります。

息子コージがギフティッドという範疇にはいるのかどうかわかりません。が、いろいろな文献を読む限り、かなりそれに近い特徴を持った子どもであることには違いない。

複数の方から「もしかしてギフティッドではないのか」と指摘されたことから調べ始めたことですが、6歳の彼が今の時点でより適切な対応を受けられるように親として最大限の努力を始められること、これは彼にとっても親である私たちにとっても幸運なことだと思います。

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# by dksh_okys | 2013-01-26 13:02 | OE ? OK !
2013年 01月 25日

決意あらたに

昨日の日曜日は引き続き雪模様。私は先週月曜から、息子のコージ(6歳男児)は木曜日から風邪を引き、二人とも前後して40度の熱が出ていた週を、なんとかやっとやり過ごした後だったので、家族みな外出する気力もなく家でのんびり過ごしました。

精神的にとても不安定になっているコージは相変わらずちょくちょくやって来ては、私の膝の上に全体重を乗っけて甘えてきます。

2週間前に体調を崩して過呼吸気味になっていたこともあり、家庭内でこの所作がしょっちゅう繰り返されているのですが、昨日はそんな中でも特に不安定だったらしく、夕方くらいになってまた私の膝の上に来て、泣きそうになりながらこう言うのです。

「今日が終わっちゃうのがかなしい。。」

「え?」

もうすぐ今日が終わって

 今日にもう二度と会えないのがかなしい・・」


「?!」

発達障害を疑い、児童精神科医に連れて行ったこともありました。

パニックになった時のあまりの惨さに母である私自身もぶち切れ、

「ほんとに病気なんじゃないの?!」

などという、非道な言葉をぶつけてしまったこと(今も自分の不甲斐なさを思うと涙が出てきます)も、一度や二度ではありません。

数週間前にふとしたことがきっかけで、ギフティッドについて調べてみると、息子にあてはまることばかり。

彼の難しさは一体なんなのだろう?

親としてのこのつらさは何なのだろう?

障害があるならそれは親としてきちんと受け止めたい、
その上で一番いいように対処して行きたい。
でも調べても調べてもわからない、誰も教えてくれない。

どうしたらいいんだろう・・・

という6年間の苦悩を打ち破るとっかかりのようなものを見つけ、ほんとにうれしかった。

IQを調べて正式な診断を受けたわけではありませんが、ギフティッドであるかどうかという事実は私にとっては今はあまり重要ではなく、彼の驚くほど繊細な感性と、そこに起因すると思われるさまざまな難しさをそのまま受け止めていいんだ、ということ。

つまり、揺らぎっぱなしの親としての姿勢に初めて裏付けを伴った確信が持てたこと、このことで私の人生がそれまでと全く違うものになったということです。

イギリスのギフティッド支援団体NAGCのアニュアルレポートに載っていた、ある母親について、

...importantly, she was able to build her confidence to support him....最も重要なことは、(自分の息子がギフティットだという事実を知ったことで)息子をサポートすることに彼女自身が自信を持てるようになったことだ。

と、まさに私の今の気持ちそのもののようなことが書いてありました。

ギフティッドチャイルドは、「IQが高い」ということによるポジティブな可能性がある一方で、それと同じもしくはそれ以上に、発達過程が不均衡であることに起因する、いろいろな問題をきちんと理解し、親としてフォローしてあげることの方がより重要だったりするようです。

日本よりもはるかに進んだ研究や試みが行われている欧米。そこに在住しているにも関わらず、今までほとんどギフティッドについて知らなかった私。そしてずっと知識がないまま、息子に対して相変わらずひどい言葉を放ってずっと自己嫌悪になっていたかもしれないことを思うと、心底ぞっとします。

このブログはあくまでも私の個人的な体験を通した個人的な意見ですが、最愛の息子を少しでも深く理解し彼の幸せにつなげること、私にとっても全くの未知の世界であるギフティッドの理解が、自分自身を含めて少しでも進むことを思いつつ、毎日の小さな願いを綴って行こうと思います。
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# by dksh_okys | 2013-01-25 00:25 | はじめて読む方へ