2014年 01月 23日

ギフカテについて思うこと。

あけましておめでとうございます。ちょうど1年前2013年の1月、息子がなんだか人と違うと苦しでいた中で決定的なことがありギフテッドであろうと確信、その後3月にギフテッド診断を受けました。

このブログ村のギフテッドカテゴリーに参加するようになってからも、つい最近までなんだかんだで更新も滞りがち、ましてやほかのブログの方の記事を読んだりコメントを残したりするココロの余裕もそれほどなく、みなさんにご挨拶もできぬままにおりました。

そんな中で昨年秋口にカテゴリから何人もの方が抜けられたようで、「???」と思っていたのですが、このお正月に過去のみなさんの記事ややりとりを読む時間が取れて(今さらながらですが!)、おぼろげながらそれぞれの考えや感ずるところのビミョウなズレ、それを文章にして公開することの難しさと責任を痛感しました。

私がブログを始めたきっかけは、毎日続く息子とのしんどいやりとりを記録し整理していきたい、怠け者の私が続けるには公開という形の方が緊張感があっていいだろう、という全く気負いがないいい加減なものです。

そして書いているうちに、どこにも持って行き場がないそういう日々の気持ちを吐き出して共感してもらいたい、同じような葛藤を持っている方々とつながりたい、という気持ちが強くなり、このギフカテという場に参加しはじめました。

ここで多くの方々が同じようにたいへんな思いをされているのを知り、自分ひとりではないんだ、と心強く孤独感がずいぶん癒されました。

ただ現在進行形で日々悩む私自身がまだいっぱいいっぱい、他の方の気持ちに寄り添う余裕がなかなかないのが現状であり、また、同じような悩み多きブロガーさん同士ですでに仲良くやりとりをされている場合、その中に入るのはなかなか勇気がいるなあと感じたり、もっと客観的に、と思いつつもなんだか狭いところでの記事しか書けなかったりで、こういう中途半端なブログを公開しギフカテに参加していく意味ってあるんだろうか、とよく思っています。

でも思うのに、それぞれのブログの位置づけはみなさん違いますが、私を含めてみなさんの共通する思いのひとつは、それぞれが、

こんな例もあるんだよ!

と書くことによって、この社会で認められているとは言いがたい

ギフテッドの認知が少しでも進み

それによって、私たちやその子どもたちが負った同じような

苦しみ悲しみを経験する方々が、より少なくなるように

そういう願いもあったのではと思います。

あーちゃんママまめっちママさんHiromi さんだけでなく(お名前を勝手に出して失礼しますが)、ここに参加されている/いたみなさんから共通して私は勝手にそういう強い思いを感じてます。

みなさんが書いておられる主観的客観的記事と個々の具体例に勇気づけられている人がどれだけいるか。

そしてこのカテゴリが今後も、みなさんのそういう善意の気持ちが元になって新しいなにかを生み出す場として成長していくよう、私自身もなにかしら力になりたいと改めて思います(更新が滞りがちな私が言っても説得力全くなしですが!)。抜けられたみなさんがまた帰ってきてもいいなあ、と思ってもらえるような。。

とくにあーちゃんママの記事やコメントににじむ、なんというかあらゆるタイプを包み込む人柄というのは、とくに言葉がどんどんひとり歩きしてしまうネットの世界だからこそありがたいなあと思います。

でもだからこそ消耗のされ方も半端じゃないと思いますし、今はゆっくりしていただきたいですけど、いつかまた戻っていただきたいなあ。

個々の考えや好みはそれぞれですし、文章だけでのやりとりも思った以上に難しい。誤解もちょくちょくあるでしょうし、私自身もブログ初心者。あずかり知らないところですでにどなたかを知らずに傷つけてしまっているかもしれません、すみません! 

それでも細々と続けて行こうと思っています。誤解があったなら素直にストレートにやりとりをしてそれを解く努力を惜しまないのであれば、なんとかなるのではないかと。能天気すぎるかしら? でもカテゴリ内にもいろいろな方がいるから面白いのだと思います。

みなさん今年もどうぞよろしくお願いします!

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by dksh_okys | 2014-01-23 20:49 | 今日の日記


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